| 楽園に暮らす 紅葉散る 55.酉と亥 2003・11・8〜10 |
| 酉(トリ)と亥(イノシシ) 11月8日は立冬で、暦の上では冬が来る季節と なるわけで、朝夕には寒さを感じ始める頃となりました。 自然と焚き火でもという気分になってきます。 今年の8日は酉の市(一の酉)にもあたります。 各地の大鳥(鷲)神社で行われる、商売繁盛・開運招福を 願う祭りで、当初は農民が鎮守に感謝した収穫祭であり、 ニワトリを奉納したことから始まったそうです。 農具を売る市が立ち、”鳥”→”酉”→“取る”とかけて、 運を「鷲づかみする」、運を「かっ込む」ということから ”縁起熊手”となったそうです。 二日後の10日は、西日本の収穫祭である亥の子祝い です。亥の月、亥の日、亥の刻に、新米でつく亥の子餅を 食べ、無病息災、子孫繁栄を祈る行事だそうです。 また、中の亥の日には、炉開きといって、茶の湯では 茶室に地炉を開き、新茶の壷を開け、口切りの茶会を 催します。農家などでは、いろりや掘りごたつを開いて、 火を入れるそうです。 さてさて、僕はトリとイノシシのこれらの行事を いっぺんに済ますことを考えたのでした。 まずは、熊手で黄金の落ち葉を”かっ込む”ことから はじめました。(写真1) 拾い集めた落ち葉の中から、楓と銀杏の葉を 掻敷(かいしき=食物を盛る際、下に敷くもの)にし、 買い求めた牡丹餅でイノシシ形にした亥の子餅をのせ、 菊の花を添えてしつらえました。(写真2) 一の亥の日にはしのぶと菊、二の亥の日にはしのぶと 紅葉、三の亥の日にはしのぶとイチョウを亥の子餅の 下に敷くことになっているからです。 そして、お茶を入れて、作業合間の二人だけの茶会を 催しました。 和傘と緋毛氈が雰囲気を盛り上げます。(写真3) 次に、集めた落ち葉に火をつけて我家の炉開きです。 酉の市では、熊手のほかにも、唐の芋(八ツ頭)を 「頭の芋(かしらのいも)」との縁起から、食べて人 の頭になるように、粟餅を「黄金餅(こがねもち)」と 称して、黄金持ちになるようにと、洒落た縁起物が 売られたそうです。これにちなんで、焚き火にしのばせた 焼きイモと焼き栗を供え、元気なニワトリ一羽 (ケイトウの花)を神様に奉納しました。 こうして自宅において酉の市を楽しみました。 暗くなるまで作業をすると、体は芯まで冷えてきます。 作業後の焚き火は体を温めるだけでなく、疲れも癒して くれます。身も心もじんわりと温まって来るときの気持ちは なんともいえません。おもわず、”♪焚き火だ。焚き火だ。 落ち葉焚き。”と、口ずさんでいました。 しばし静寂の中で、焚き火の炎を見つめながら 酉の市と亥の子の共通点があることに気がつきました。 それは火です。江戸時代から、『三の酉がある年は 火事が多い』ので”火除けのお守り”がでるそうです。 また、『亥の日に、暖房の火を使い始めると安全で 火事にならない。』とされています。 いずれにしても”火の用心”にこしたことはありません。 しっかり水をかけて落ち葉焚きを終えることにしましょう。 勿論、ご想像通り、今晩は 鶏肉と豚肉(イノシシの代わり)の鍋料理であります。 |
(写1) これだけあれば一財産!? (写2) 亥の子祝いの飾り 紫色と懐紙の折り方は決まりです (写3) 自家製のクロモジの香りも・・・ |
| 酉の市の由来は上記の通りですが、 亥の月(11月)、亥の日(今年は10日)、亥の刻(午前9時〜11時)に”亥の子餅”を食べるのは、 亥(いのしし)の多産にあやかり、子孫繁栄を願うからだそうです。この亥の子餅が牡丹餅であるのは、 イノシシ鍋のことを牡丹鍋というのと同じ理由からではないでしょうか。。 また、亥の日に”炉開き”をするのは、亥(いのしし)は陰陽五行説でいう極陰(水性)にあたり、 火難を逃れるという信仰のためだそうです。 H15・11・10 |
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